【オーストラリア→千葉→嶺北!?】移住の決め手は◯◯でした!

「移住」というのは、その後の人生の方向を決定づける大きな選択です。

特に結婚していてパートナーがいたり、子供がいたりすると尚更慎重になる方が多いのではないでしょうか?

ということで、今回は家族で千葉から土佐町に移住し、自宅を改装して宿泊業を営んでいる渡貫さんにインタビュー!

なぜ土佐町に移住しようと思ったのか?
移住してみて分かった土佐町の良さは?
田舎に住んでみてのぶっちゃけの感想は?


について伺ってきました!

家族づれで嶺北地方に移住を検討されている方は、ぜひご覧ください。

東京暮らしから自然と近い暮らしへ

渡貫洋介(わたぬき ようすけ)さん

千葉県出身の48歳。千葉県のブラウンズフィールドを経て、2013年5月に土佐町へ移住。2年後の2015年に「むかし暮らしの宿 笹のいえ」をオープンした。FaceBookはこちら

ーーー早速ですが、渡貫さんのご出身はどちらなのでしょうか?

千葉で生まれて4〜5年で東京へ引越しました。

大学卒業後は、ワーキングホリデーで行ったオーストラリアや小笠原で野生のイルカと泳ぐという海のツアーガイドをしていました。

ーーー自然の中で仕事をするに至った原体験などはありましたか?

ずっと東京で暮らしていて、自然と触れ合う機会が少なかったんです。

なので、自然への憧れはあったと思いますね。

また、食べ物を作るお百姓さんが一番偉いんじゃないかという思いがずっとあって。

自分でも食べ物を作りたい気持ちはありました。

ーーー小笠原で海の仕事をした後は、どうされたのでしょう?

妻の子嶺麻(しねま)との結婚をきっかけに、妻のお母さんが働いていた千葉県のブランズフィールドへ移りました。

ブラウンズフィールド

千葉県いすみ市にある田畑付きの古民家。昔ながらの知恵をヒントに、豊かな食を中心とした心地よい暮らしを提案している。HPはこちら

ーーーそこで感じたことは何ですか?

自分でできることはたくさんあるということです。

大豆を育てれば味噌や醤油が、そして小麦を育てればパンやピザが焼けます。

やってみればできることが、意外とたくさんあるということを体感しました。

顔や過程が「見える」生活

ーーーそこから移住先を探すようになったきっかけは何だったのでしょう?

ブラウンズフィールドは妻のご両親が立ち上げられた施設でした。

なので、いつかは農が中心となった自分の場所を建てたいと思っていたんです。

ーーーなるほど!そこからの経緯について教えてください。

移住を早めるきっかけになったのは、東北大震災でした。

震災を経験して、見えないものが多いと感じたんです。

ーーー見えない…とはどういうことでしょう?

例えば、水道、電気などはどこから来ているか知りませんでした。

そこでなるべく自分でメンテナンスできたり、関われたり…

その過程が見えるような暮らしがしたいと思うようになったんです。

今では沢から水を引いているため、どこから来ているのかが「見える」。

ーーーそこで土佐町を知ったきっかけは何でしたか?

移住先を探すために香川県の友人に紹介してもらったのが、嶺北地域にある本山町でした。

そこでれいほく田舎暮らしネットワークを紹介して頂き、土佐町を知りました。

ーーー土佐町へ移住したきっかけは何だったのでしょう?

まずは理想の家が見つかったことです。

条件としては、火のある暮らしができること。

加えて、子どもがいたので集落からは外れた方がいいなとも思っていました。

また沢から水を引けたり、改修が可能な物件がいいという要望を相談していたんです。

すると、いい物件があると紹介していただいて。

そこで移住を決心しました。

この物件との出会いが決め手となった。

ーーー嶺北に移住してからは、どういったことをしていましたか?

20年近く誰も住んでいない家だったので、改修が必要な状況でした。

なので、土佐町役場近くの教職員施設に泊まりながら、改修を進めていきました。

アルバイトもしながらの改修が、1年近く続きました。

ーーー土佐町に住んでいる方とは、どのように関係を作っていったのでしょう?

初めは、千葉県から人里離れた山の上に移住して来た人がいると、怪しい目で見られていたと思います(笑)

ですが月に2回ある消防団の集まりなどに参加するうちに打ち解けていきました。

ーーー焦らず会話を重ねることが打ち解けるコツということですね!その後、笹のいえをオープンするんですね

こっちに来て、仕事は何をしようかと考えていたんです。

当時から宿泊業は、初期費用をかけなくてもできると思っていました。

家の部屋を寝室にし、自分たちの家のトイレやお風呂を使ってもらう…それで良かったら、というスタンスなら、お金も掛からず仕事になると思い至りました。

コンポストトイレを説明する渡貫さん。

ーーーその他に、笹のいえを運営する中で感じる魅力はありますか?

色んな方が来てくださるという点です。

自分たちから会いに行こうと思ったら時間もお金もかかりますが、宿をしていると会いに来てくれるんです。

海外からもお客さんが来てくれることもあり、子どもたちにとってもいい刺激になっていると思います。

ーーー土佐町の方の反応はいかがでしたか?

土佐町には何も見るものがないと思っている方が多いので、最初は「誰が来るねん」と言われていたと思います(笑)

ただ笹のいえでイベントや宿泊業をしていく中で、県外ナンバーの車が土佐町を走るようになったんです。

笹のいえにはたくさんの人が集まる。笹のいえFacebookより

またテレビや新聞の取材もあって、それが追い風になったと思います。

特に大家さんは、新聞に載った時にとても喜んでくれました。

土佐町の魅力とこれから

外でおやつを食べる月詠(つきよみ)ちゃんと耕丸(たがまる)くん

ーーー実際に住んでみて感じる、土佐町の魅力は何ですか?

土佐町民1人1人に対して手厚い支援があることですね。

例えば子育て世代としては、保育園が無料だったり、給食費が無料という支援があります。

ーーー逆に、デメリットというのもあったりするのでしょうか?

人口が少ないということは、先ほど土佐町の魅力として挙げた手厚いサポートにつながっています。

ですがその反面、閉鎖的だという側面も持ち合わせています。

車のナンバーでいる場所がすぐに分かったり。

またぽろっと言ったことに尾ひれがついて地域内にワッと広がる…ということもあるので注意しないといけない点ですね。

ですがこれも、地域の方が見守ってくれていると考えることもできます。

ーーーメリット・デメリットではなく、それが地域の特性なんですね。笹のいえという発信活動を通して、土佐町にどんな変化があれば良いなと考えていますか?

笹のいえの活動をしていると、テレビや新聞などに取り上げられていただくことがあります。

そうした地域外の反応を知ることで、町民の方が「土佐町には何もない」ではなく、「土佐町が良いんだ」と自信を持てるようになるかもしれません。

それによって若い人が地域に残って活動したり、これからの土佐町に繋がっていけば良いなと思っています。

ーーー今、笹のいえのような暮らしがしたいと思っている方へ伝えたいことはありますか?

とりあえず、やってみて欲しいです!

やってみたら、意外と思ったようにならない。

ですがやりたいと思い続けていたら、いつまでも前進できません。

とりあえずやってみて、そこでまた考えれば良いんです。

僕も頑張ります!

ーーーなるほど・・・。まず、やってみる」ですね。渡貫さんのような場づくりをされている方でもトライ&エラーでやられているというのを聞いて勇気が出ました。今日はありがとうございました!

このメディアの運営者

田舎ディベロッパー君

高知県嶺北地方をPRする『れいほくTV』の編集長 普段は、藤川工務店で田舎を開拓する仕事に幅広く従事! 好きな食べ物は、『きゅうり・キウイ』などミドリの食べ物。 冷静沈着に淡々と事を進めるのが得意。

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