女子大生が休学して限界集落に移住!?高知大学在学中の三谷七香さんに突撃取材!

高校卒業後、大学に4年間通い、就活の後、就職…。

こんなキャリアを歩むのが今の日本では一般的ですよね。

でも、そんな「一般常識」を打ち破り、大学を休学して嶺北に住んでいる女子大生がいるんです!

彼女は何を思って嶺北に赴き、どういう経緯で住むようになったのか?

どんな活動をしていて、仕事は何をしているのか?

とても気になりますよね!

そこで今回は、大学を休学し嶺北に移り住んだ三谷七香(みたにななか)さんにインタビューしてきました!

高知大学の実習で3年間 石原に関わる

三谷七香(みたにななか)さんのプロフィール

大阪府大阪市出身の22歳。高知大学地域協働学部に入学後、土佐町石原をフィールドに現地実習を3年間行う。土佐町石原をテーマにした卒論を書き始めることや実習を終えてもなお石原に関わりたいという想いから、石原に住むようになる。4回生で大学を休学し、現在は土佐町石原で地域に密着した生活を送っている。

ーーーそれでは、簡単に自己紹介をお願いします!

高知大学 地域協働学部 4回生の三谷七香です!

3回生の冬から石原に住むようになりました。

現在は大学を休学し、石原を拠点に活動しています。

ーーー地域協働学部!?どういう経緯でその学部に進学したのでしょうか?

初め、この学部の存在は全く知りませんでした。

小学生まではずっと、井戸掘り職人が夢だったんです(笑)

ーーー????? 井戸…ですか!

海外へ行って井戸を掘り当て、水が乏しい地域に希望を与えるテレビを見た時です。

そこに映っていた子どもたちの輝く目を見て、井戸掘り職人に憧れました。

ですがそんな時、東北大震災が起こったんです。

ーーー大震災で、心情の変化があったのでしょうか?

今までは海外に目を向けていました。

ですが、「日本も大変やんか…」と思うようになったんです。

地方の過疎化や高齢化が深刻に報道されているのを気にするようになったのも、この頃からでした。

進路を選択する時期になり、自信を振り返ってみると、以前からぼんやりと興味のあった町おこしという言葉にビビッと来たんです。

高校生時代の三谷さん。背番号は1。

ーーーそこで、この学部を選ぼうと思ったのでしょうか?

大学には商学部や経済学部など色々な学部があります。

ですがどれを見ても、しっくりこなかったんです…。

そこで、人と触れ合うのが好きだったのもあり、「人と触れ合う 町おこし 大学」で検索しました。

すると、高知大学の地域協働学部が出てきたんです。

ーーーなるほど!大学に入ってからは、どのような活動をするんですか?

そこでは地域に密着した現地実習と、キャンパスでの座学です。

そしてその実習地が土佐町石原地区だったんです。

週に1回は石原地区に通う日々が、3年続きました。

石原コミュニティセンターは高知大学地域協働学部の連携キャンパスでもある。

ーーー実習を通じて、感じたことはなんですか?

当たり前ですが、様々な生き方があるということです!

大阪で育った私とは全く違う日常が、たまらなく面白いと感じました。

大学1年生の時の三谷さん。

ーーー例えば、どういった部分でしょう?

実習で石原を歩いていた時、道端にうずくまっているように見えた人がいました。

近付いてみると、おばあちゃんが苦しそうにしていて…。

座ろうにも座れなくて動けなかったようでした。

ーーーおばあちゃんは、何をしていたんでしょうか?

自分の畑作物の面倒を見ている最中でした。

その途中、休憩するため座ろうとしていましたが、足腰が悪くうまく座れずいました。

帰ろうとするので、付き添おうと家を聞くと、畑から見えるところにありました。

話を聞くと、5分くらいの道のりを毎日40分くらいかけて来ると知りました。

ーーーそれを見て、三谷さんはどう思われましたか?

これがこのおばあちゃんの「日常」なんだと、思いました。

私は、なぜそこまでして続けるの!?と思いましたが後々考えると作物を育てることが、そのおばあちゃんにとって生活の一部であり、日常なんだと。

自分の知らない生活がここにあると思いワクワクしたんです!

 嶺北に住み始めてすぐの三谷さん。

ーーーそこから、どういった経緯で石原に住むようになったんでしょうか?

まず3年生の終わりに、石原の組織体制が変わるという話が出てきたんです。

今の石原に合わせた組織を作るために、体制を改めようという動きでした。

ですが人手が足りないということで・・・・・。

大学生にもかかわってほしいということで、私にも連絡が来たんです!!

ーーーその時、三谷さんはどう思われたのでしょうか?

とても面白そうだと感じました!!!

今までの活動のあり方や組織体制を見直して、石原が「動く」と思ったんです。

ーーーそこで、どのような決断をしたのでしょうか?

就活のことがあり迷いましたが、本格的に関わっていくことを決意しました。

卒論も石原をテーマに書く予定だったので、石原に住むことにしたんです。

昔は老舗旅館もあった石原地区。

目的は商品開発ではなく、その先…

三谷さんが商品化に関わった「食べる鰹ラー油」と「食べる鰹イタドリラー油」

ーーー石原では、どのような活動をしているのでしょうか?

石原地域を拠点に、商品開発をしています。

ーーー商品開発ですか!どのような商品開発に携わっていたのでしょう?

まずはイタドリが入った「食べる鰹イタドリラー油」があります。

イタドリは山菜の一種で、嶺北地域ではこれを食べる文化があるんです。

地域のお母さんと協力して製造し、道の駅などに置いてもらっています。

ーーー他にはありますか?

「ISHIHARA 和 HERB TEA」というお茶です。

これは柿の葉やスギナ、イチョウをお茶にしたものです。

石原地域の材料を使い、パッケージにもこだわりました。

石原の素材にこだわって作った独自ブレンド「ISHIHARA 和 HERB TEA」
「ISHIHARA 和 HERB TEA」
・柿の葉&ローズマリー
・いちょう&玄米
・ペパーミント&生姜
・すぎな&ペパーミント

この冬、期間限定で「ISHIHARA POWER TEA」というお茶も作りました。

女性が女性のためにつくったお茶で、八種の素材をブレンドしています。

三谷さんが開発に関わった商品と販売場所
(2021年2月現在)

食べる鰹ラー油・食べる鰹イタドリラー油
・さとのみせ(土佐町石原)
・道の駅土佐さめうら(土佐町)
・さくら市(本山町)
・サウスブリーズホテル(高知市)

ISHIHARA POWER TEA
・さとのみせ(土佐町石原)
・道の駅土佐さめうら(土佐町)

※「ISHIHARA 和 HERB TEA」は完売

また、イタドリの葉を活用した「イタドリふりかけ」も生産・販売しています。

ーーー商品開発の他に、お仕事などはされていますか?

週に3回ほど、石原地区で唯一の生活用品店でアルバイトをしています。

地域活動を優先させてくれるので、とても働きやすいです。

また、実習当時では、知り合うことができなかった方々との交流があり、とても楽しくやっています。

石原地区の人々が通う生活用品店「さとのみせ」

挑戦には、専門性が必要

楽しそうに石原の魅力について語る三谷さん

ーーーこれから商品開発はどのような方向性で進めていくのでしょうか?

和ハーブについては、現在4種類の展開をしているのですが、新たな味を開発しています。

ハーブは種類によって香りがすぐ飛ぶものがあり、採集できる期間も限られるので保存方法などに頭を悩ませています。

難しい部分も含めて、地域の方と協力し開発を行っていますね。

この冬、新発売の「ISHIHARA POWER TEA」 今までの4種類に加え、新たに開発された。

ーーー三谷さん個人の進路は決まっていますか?

まだハッキリとは決まっていません。

ですが、自分の幅を広げたいとは常に思っています。

ーーー具体的には、どういうことでしょうか?

石原地域に入り感じたのは、もっと専門性があれば可能性が広がるということです。

商品開発をする時もそうですが、何かに挑戦するぞ!となった時、やはり足りないものはあります。

土佐町 石原地区で行われれる「やまさとの市」の看板完成時

ーーー足りないもの…というと?

お金や人手、スキルや知識などです。

これらがないと、手探りのまま進めることになるんです。

そこで、まずは自分が専門性を身につけて推進力になりたいと考えるようになりました。

ーーー最後に、これからのビジョンについて教えてください。

石原に人はとても寛容なので、関わりやすい。

ただ地域に「入る」にはまだまだ生活面のハードルが高いように思います。

ただ私としては、もっと同世代が石原に来てくれたら良いなと思っています。

そのために、仕事面や生活面のハードルを下げる必要があるんです。

地域と共に生き、若者が活き活きできる地域になったら良いなぁと思いながら、これからも活動していきます!

ーーーありがとうございました!!

このメディアの運営者

田舎ディベロッパー君

高知県嶺北地方をPRする『れいほくTV』の編集長 普段は、藤川工務店で田舎を開拓する仕事に幅広く従事! 好きな食べ物は、『きゅうり・キウイ』などミドリの食べ物。 冷静沈着に淡々と事を進めるのが得意。

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